外科療法
手術が第一選択になる場合
早期発見の固形がんの場合は、手術が第一選択となることが多いです。 最近では、体への負担が少ない腹腔鏡手術も行われています。 ラジオ波焼灼術、エタノール注入療法、肝動脈塞栓療法療法等の体への負担が少ない術式が使われることもあります。
再発・転移の場合は、治癒が見込めないことも多く、手術が第一選択とならない場合が多いです。 何故なら、治癒が見込めないなら、患者への体の負担によるデメリットが大きくなるためです。 その場合、化学療法(抗がん剤)、放射線療法等が用いられれます。
ただし、再発・転移であっても治癒が見込めるケースもあり、その場合は再発・転移であっても手術が第一選択となります。
1990年代は大腸がんに使える抗腫瘍薬が5-fluorouracil(5-FU)しか存在せず,有効な化学療法レジメがほぼ皆無と言ってよい時代だったが,その時期に肝転移に対し,当科で初回肝切除を行った130例を少なくとも10年以上の経過観察後に長期成績を評価したところ,5年および10年粗生存率はそれぞれ42%,27%で,疾患特異的10年生存率(大腸がんによる死亡以外は打ち切りとみなす)は31%であった(Fig.2) 既報によると,大腸がん肝転移に対する肝切除後の5年生存率は30%から50%程度とされるが,それにほぼ合致する. さらに,Fig.2の生存曲線をよく見ると,術後8-9年あたりで平坦になっており,これは繰り返し切除を駆使した手術単独で約3割の大腸がん肝転移が“治癒”しうるということを示唆している.
大腸癌肝転移に対する外科治療 update - 日本臨床外科学会雑誌78( 1 ),1―10,2017(J-STAGE)
これによれば、東大病院肝胆膵外科での大腸がん肝転移の治癒率(術後10年前後で生存率曲線が平坦になっている部分の生存率)は30%弱です。 大腸がんになってしまったら? - 国立病院機構 神戸医療センターによれば、国立病院機構 神戸医療センターでの大腸がん肝転移の5年生存率は東大病院肝胆膵外科とさほど変わらないので、治癒率も同程度であると推定されます。 ちなみに、転移性肝がん - 国立がん研究センター東病院によれば、国立がん研究センター東病院の転移性肝がんの手術後生存率は65%で、これは東大病院肝胆膵外科の大腸癌肝転移の手術後生存率を大きく上回っています。
手術の科学的根拠
医学で言うところのエビデンスとは、「ランダム化比較試験」(第III相試験)という臨床研究の結果を指します。 日常会話における「証拠」よりも厳しい基準がそこにはある。 そして、これに基づいて「放置vs手術」を比較した臨床試験はこれまでに存在しません。 というのも、それは倫理的に不可能だからです。 「放置が有効かどうか調べたいから手術しません」などという患者の意思を無視した「比較実験」がこれまでも、そしてこれからも許されるわけがない。
世界医師会のヘルシンキ宣言にも規定されている倫理的な問題により、手術と無治療の全生存期間のランダム化比較試験は困難です。 効果があることが一定程度期待できる治療法があるのに、意図的にその治療法を使わないことは、医療研究という口実でも正当化できません。
ただし、患者の希望で治療をしないことは倫理的に許されます。 よって、患者の希望に基づいて振り分けた手術と無治療の全生存期間比較は可能です。 しかし、その場合は、手術と無治療を無作為に振り分けていないので、ランダム化比較試験にはなりません。
以上の通り、手術成績についてランダム化比較試験の結果はありません。 しかし、それなりの推論を可能とする科学的根拠はあります。
しかし、エビデンスはなくても、手術にメリットがあるとする「根拠」はいくつも存在しています。
その代表例として、日本の優れた胃がん手術レベルを示すデータがあり、それを対談で紹介しました。 1993年当時、国立がんセンター中央病院での早期胃がん患者1400例以上の手術成績について、他病死を除いた生存率は、5年生存率98・1%、10年生存率95・6%と報告されています。 すなわち、早期胃がんが発見されて手術を受けると95%以上は治癒するというものです。 実際の臨床現場でもこれらのデータはしっかりと再現されています。
そこで、ひとつの裏付けとなる論文データを紹介しました。 56人の早期胃がん患者が何らかの理由で放置されたケースにおいて、36人(64%)が進行がんへと変化し、早期がんのまま維持できた平均期間は3・7年だったというものです。
この論文は、がんを放置するとどうなるかの流れ(自然史)をよく示しています。 言い換えれば、早期がんの状態を一定期間キープできたとしても、高い確率で遅かれ早かれ進行がんへと移っていくということです。 また、早期胃がん手術の成績は、前項でも示した通り95%以上は治癒するわけですが、進行した状態で見つかった胃がんへの手術のみの治療成績は5年生存率で61%ほどに落ちてしまいます。
- 早期胃がんの手術後10年生存率95.6%
- 早期胃がんを放置した36人(64%)が進行がんへと変化、早期がんのまま維持できた平均期間は3.7年
- 進行した状態で見つかった胃がんへ手術後5年生存率で61%
正確性を欠くものの単純計算すると、早期胃がんを放置した36人(64%)が進行がんになってから手術する場合の8.7年生存率は約61%となります。 さらに、残りの36%の8.7年生存率が100%と仮定して加重平均をとると、早期胃がんを放置した全体の8.7年生存率は約75%となります。
- 早期胃がんの手術後10年生存率95.6%
- 早期胃がんを放置して進行がんになってから手術した場合の8.7年生存率は約75%
このように、倫理的に許される範囲の科学的根拠から、がんを早期発見して手術することには一定の効果があると推論されます。 もちろん、今後も、倫理的に許される範囲で可能な限りデータが収集され続けています。 その結果として、手術の治療効果に疑義が生じればさらに詳細に検証されます。 検証して治療効果がないという結論になれば、当然、治療法から外されることは言うまでもありません。 今まで使い続けられているということは、そうした検証に耐えてきたことを示しています。
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