偽医療問題
患者の利益
米国では、1991年に国立衛生研究所代替医療局(National Institute of Health, Office of Alternative Medicine)が設立され、国を挙げて代替医療の研究に取り組みました。 さらに、1998年に国立補完代替医療センター(National Center for Complementary and Alternative Medicine)に組織改変され、より本格的な研究体制に移行しました。 しかし、20年以上研究しても、がんに対する治療効果のある代替医療はひとつも見つりませんでした。 そのため、2014年にalternative(代替)という言葉を外した国立補完統合衛生センター(National Center for Complementary and Integrative Health)に改称され、通常医療を補完する役割として、諸症状のコントロールに主眼が置かれるようになりました。
権威あるJournal of the National Cancer Instituteに通常医療と代替医療の効果を比較した論文が掲載されています。
JNCI: Journal of the National Cancer Institute, Volume 110, Issue 1, 10 August 2017, Pages 121–124
体験談、原理(作用機序)説明、動物実験、培養細胞実験、特許療法、権威療法等は何ら効果の証拠となりません。 効果が見込めそうな候補物質ですら成功確率は1万分の1以下です。 ましてや、真っ当な検証をしていない偽医療の効く可能性はそれ以下でしょう。 プラセボ効果を主張する者もいますが、気休め以上の効果がないことが判明しています。 仮にプラセボ効果があったとしても、生理食塩水等で十分であり、偽医療に頼る必要性はありません。
一方で、ランダムに選んだ物質が有害である可能性はもっと高いと推測できます。 偽医療界隈では、比較的安価なことや危険性が少ないことから丸山ワクチンは「優等生」として扱われることがあります。 高価だったり危険な偽医療と比べれば丸山ワクチンの方がはるかにマシだと。 しかし、丸山ワクチンにも危険性がないわけではありません。 Gynecol Oncol, 101 (2006), pp. 455-463 DOI: 10.1016/j.ygyno.2005.11.006では、高用量の丸山ワクチンが有害となることが示唆されており、5年生存率には有意差がありました(P=0.039)。 高用量の方が奏功率が高いことから、放射線療法の副作用を増強した可能性がありますが、単独使用で有害となる可能性も否定できません。 また、通常用量の毒性は高用量よりも小さくなると考えられますが、通常用量で全く害がないとも言い切れません。
よって、偽医療の確率的期待値は、総じてマイナスであり、贔屓目に見積もっても零でしょう。
布教の問題
偽医療の問題は、それ自体が患者にとって利益がないことだけではありません。 偽医療の世界では、偽医療が医学的に認められないことを陰謀論のせいにすることが常套化しています。 たとえば、丸山ワクチン信者は、実際には破格の優遇を受けているにも関わらず、国や製薬会社等によって妨害されていると主張します。 そればかりか、通常医療に関するデマにまで発展することも少なくありません。 それを信じた人は、効果のある治療法を拒否するようになり、結果、命を縮めることになります。
1990年前後に米国では、いわゆるOTAレポートなどで通常医療や代替医療が評価されました。 それらによって、通常医療は(有益な効果が見込めるが)進歩が極めて遅いこと、代替医療には効果の証拠がなく、証明に消極的で、有害なものもあることが指摘されました。 しかし、それは、逮捕歴のある健康食品業者の今村光一(故人)らによって内容が歪められました。 「通常医療は効果がないばかりか有害であり、代替医療の効果が認められた」と。 例えば、Immuno-Augmentative Therapy (免疫増強療法)の支持者が根拠とするデータには不備が指摘されていますが、その不備の指摘に関する部分は完全に闇に葬られて、あたかも効果が証明されたかのように喧伝されています。 さらに、「それらの情報は医学界にとって都合が悪いから隠蔽された」とエスカレートしていきます。
それらの元ネタは悪意ある業者等ですが、それら情報を拡散させている人の圧倒的多数は善意の信者たちです。 地獄へ続く道が善意で舗装されているのです。 騙された人は被害者ですが、嘘を拡散させた時点で加害者ともなります。
「最後の希望」論
他に治療法がない患者にとって最後の希望だとして、偽医療を正当化する人がいます。 しかし、偽医療はそのような言い訳では正当化できません。
- 確率的期待値がプラスにならないのでは偽物の希望に過ぎない
- 他に治療法がある患者からも治療機会を奪っている
確率的期待値がプラスであり、かつ、他に治療法がある患者からも治療機会を奪わない場合に限って、「最後の希望」論が成立します。 だから、真に希望となるのは、証明済の医療です。 それに次いで、真に最後の希望となるのは、証明のための手続きを適正に経てきた治験や先進医療(治験の方が有望)であり、偽医療ではありません。
また、診断余命は確率的中央値であるので、とくに何もしなくても半数の人は診断余命より長く生きられます。 効果を証明しない代物の効果が期待できる確率は1万分の1以下です。 それに対して、何もしなくても、すなわちただの幸運だけで診断余命より長く生きられる確率は半分もあるのです。 1万分の1以下と半分、どちらが真の希望でしょうか。 さらに詳しく分析するために以下の2つの条件で作図します。
- 診断余命が正確に確率的中央値である
- 生存率が指数関数に従う
以上から、次のようになります。
- 何もしなかった場合
- 診断余命の4倍(診断余命3ヶ月の場合は1年)以上生きる確率は6.25%
- 診断余命の10倍(診断余命3ヶ月の場合は2年半)以上生きる確率は0.10%
- 偽医療が効いて僅かでも余命を伸ばす確率は0.01%(1万分の1)以下
さて、どちらが本当の希望でしょうか。 偽医療に頼らずとも、偽医療以上の希望が初めから自然に存在します。 その希望は患者にとっては極めて小さい希望ですが、偽医療にはそのような不十分な希望すらありません。 偽医療が見せる「希望」とやらは、初めから自然に存在する希望よりはるかに小さいか、場合によっては逆効果です。 むしろ、偽医療にすがることが原因となって、初めから自然に存在する希望をドブに捨てることになるかもしれません。
もちろん、効果の証明された医療であれば、何もしないよりも余命を伸ばせることが期待できます。 難治性のがんでも手術だけで10年以上再発せずに生存する事例もあります。
以上の通り、「最後の希望」論は偽医療を正当化する理由にはなりません。
「自己責任」論
偽医療は自己責任であると主張する者もいます。 しかし、正しい知識があれば、誰も偽医療など希望しないでしょう。 偽医療を希望する者が存在するのは、誰かが嘘を教えているからです。 他人を騙すことで成り立つ「自己責任」などあるわけがありません。 偽医療に追いやられることによって生じた損害は騙した者の責任です。 真の自己責任を実現するためには、嘘を完全に中和する必要があります。
偽医療を容認できる条件
以上を踏まえると、他の患者や家族等への布教活動をする限りは、偽医療を容認できません。 布教禁止は偽医療容認の最低条件です。 しかし、ただ闇雲に布教を禁じるだけでは「情報を規制するのは医学界にとって都合が悪いからだ」と陰謀論を信じる切っ掛けを与えてしまい、場合によっては、通常医療に関するデマに加担することにもなりかねません。 そうならないように、禁じる正当な理由を言い含めておく必要があります。 そして、禁じる正当な理由を言い含めるためには、偽医療の確率的期待値がマイナスであること、偽医療に効果があるかのような情報はデマであること、陰謀論、通常医療に関するデマについて説明する必要があります。
偽医療の真実を正しく理解したなら、それでも偽医療に頼る人はごく稀でしょう。 分の悪い博打(確率的期待値がマイナスで、かつ、勝てる確率が極めて低い)でも成功した時のリターンが大きければ挑戦するという生粋の博打打ちでもなければ。 そうした生粋の博打打ちであれば、次の条件で偽医療を容認できるかもしれません。
- 他の患者や家族等への布教活動は一切しないこと
- 正しい情報に基づいて判断すること
- 危険性がないこと
- 安価であること
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