丸山ワクチンの功罪

功績 

丸山ワクチンの功績はたった1つ、怪しげな“治療”法に嵌りそうな患者の受け皿になっていることだけである。 価格も高くなく、副作用も少ないから、変な物に引っ掛かるよりはマシと言える。 しかし、丸山ワクチンは副作用が全くないわけではない。 高濃度の丸山ワクチンは低濃度の丸山ワクチンよりも生存期間が短くなるとするデータもある。 治療効果の乏しさを考慮すれば、丸山ワクチンを投与した方が得であるとは言えない。

 

功績に比べて丸山ワクチンの罪は非常に大きい。

  • 効果を証明しないことの正当化
  • 誤情報の氾濫
  • 陰謀説の流布

丸山ワクチンは、1960年代から、今日まで、何十年もの間、治験を続けていることになっている。 効果が証明できないにもかかわらず、何十年も治験中となっている“治療”法は、世界広しと言えども、丸山ワクチンくらいであろう。 その結果、現状では、治験の名の下に、効果の疑わしい“治療”法を希望する患者に提供する道筋が出来てしまっている。 治験は、実際には、行なわれていないとする話もある。 いずれにせよ、効果の疑わしい“治療”法が誰でも自由に受けられるのでは、インチキ“治療”法の抜け道だと言われても仕方がない。

丸山ワクチンを容認する医師も少なくはないが、それは副作用が少ないからであって、丸山ワクチンの効果を認める医師は少ない。 しかし、容認された側の患者は、丸山ワクチンの効果が認められたと誤解しかねない。 丸山ワクチンを過大評価した患者は、積極的に、誤った情報を発信し始める。 その結果、別の他患者に対して、精神的・経済的被害を拡大してしまう。 丸山ワクチンをきっかけとして怪しげな“治療”法全般を布教し始める人もいる。 患者が怪しげな“治療”法に嵌るのを防ぐために丸山ワクチンを容認したのに、それが結果として、怪しげな“治療”法を広める結果を生むのである。 根拠もなく通常のがん治療を否定する人まで現れるから、場合によっては、他の患者の治療機会まで奪われかねない。

体験談を広げるだけなら、未だマシな方で、根拠のない陰謀説を流布する人まで居る。 しかし、丸山ワクチン関連の陰謀説が完全な捏造であることは丸山ワクチンの真相に書いてあるとおりである。

こうした問題を発生させないためには、代替医療に属するものを容認する条件として、次の4つの条件を完全に守らせるべきであろう。

  1. 危険性がないこと
  2. 適正価格であること
  3. 正しい知識に基づいて患者自身が選択すること
  4. 布教活動は一切しないこと

しかし、現実には、後ろの2つはほとんど守られていない事が多い。

誤情報の蓄積 

どんなに治療効果のない偽療法であっても、使用者が増えれば増えるほど、効いたと実感する人が増える。 しかし、それは、素人判断で効いたと誤解しているだけである。 使用した患者の実感では“治療”法の効果を図ることは出来ない。

例えば、「余命よりも長く生きた」として、これは「○○が効いたからだ」と主張する人がいる。 しかし、“余命”より長生きすることは、決して、珍しいことではない。 一般に、“余命”とされるものは、生存期間の確率的中央値または平均値のことであって、同じ状態の患者が全て等しい期間で死に至るわけではない。 加えて、現在の診断技術の問題もあり、正しく確率的中央値や平均値に沿った余命が告げられるとは限らない。 結果として、何ら治療効果がなくても、がん患者の約半数は“余命”よりも長生きすることになる。 がんには、自然退縮事例も少なからずあるため、何も治療しなくても、がんが治ってしまう人もいる。

例えば、「症状が改善した」として、これは「○○が効いたからだ」と主張する人がいる。 しかし、患者が改善したとする症状は自覚症状だけであることが多い。 また、自覚症状の改善については、真の症状改善であるのか、思い込みによる誤差の偏りであるのかの区別が必要である。 誤差の範囲の改善に過ぎないにも関わらず、「効いた」と主張する人も少なくはない。 さらに言えば、自然に症状が改善する事例は自然退縮よりも多く発生することが期待されるから、本当に症状が改善したとしても、それが治療効果による物と結論付けられるわけではない。

医学的に治療効果を証明するためには、統計的手法等により、「治療効果以外の可能性では説明のつかない」データを必要とする。 しかし、素人は「治療効果だったとしても説明可能な体験」を元にして、効果があると主張する。 その結果として、全く治療効果のない“治療”法であっても、効いたとする体験談が一人歩きする。 場合によっては、故意に、嘘の情報が流されることもある。