自律神経免疫療法

「免疫革命」 

新潟大学の安保徹教授が「免疫革命」等の書籍で布教している。が、この本を科学的に検証した評価は概ね「トンデモ」である。

「○○革命」というタイトルを見ると、胡散臭く思ってしまうのは私の悪い癖だ。 「免疫革命」という本(1)を手にしたときも少々疑いの目で見てしまった。 そこで、私はこの本を読む際、先入観を排除するためその内容を色分けすることにした。 著者の仮説は青、基礎研究は緑、症例報告程度の情報はオレンジ、臨床研究で証明されている部分(エビデンス)は赤という具合だ。 そうすれば、どこまでがエビデンスでどこからが著者の意見であるかがはっきりする。 しかし、その試みは程なく挫折した。 途中まで読み進めたところで、その本の大部分が青1色に染まってきてしまったからである。
著者の理論を強引に要約すれば以下のごとくになる。血液中の白血球は顆粒球とリンパ球に大別される。 このバランスは自律神経に支配されており、自律神経はその人の精神状態により変化する。 ストレスが加わると、交感神経優位となり顆粒球が増加し組織を障害する一方、リンパ球が減少し免疫力が低下する。 その結果がんが発生しやすくなるという。 だから、ストレスをためない生活習慣ががんを防ぐのだと著者は主張する。 これは著者の行ってきた基礎研究から導き出された仮説である。 臨床的に証明されているわけではない。 その書籍の中には患者の体験談が掲載されているが、なぜそれを症例報告として掲載しなかったのか、私には不思議でならない。 単なる患者自身の体験談と医師の客観的評価に基づく症例報告とではその信頼度がまるで違う。
一つの仮説だけを信奉することは危険-日経メディカルオンライン(http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/hotnews/archives/297379.html)

支持者によると安保徹教授の基礎研究での業績は実に輝かしいらしい。 多数の論文を発表し免疫学に対する貢献も大きいとか。 そのような権威がどうして日本の田舎の大学で燻っているのか疑問だが、そのあたりは敢えて見なかったことにしよう。

しかし、基礎研究での実績がどれだけあろうとも、安保徹教授は、培養細胞や動物での実験しか行っておらず、人間相手の臨床データを持たない。 自律神経免疫療法に関する臨床論文は全く発表されておらず、「がんが治る」等の話は全て体験談と安保徹教授の知人からの伝聞でしかない。

論文を発表していないことは、第三者の検証を受けていないことであり、それは言い替えれば、真偽が確定していないことである。 国立大学の教授で、論文執筆の経験が多数あるなら、医学界で確立していない不確かなことを何も知らない素人向けの本として出版することの問題点が分からないはずがない。 本を書く時間があるなら、論文の書き方を指導するなり、論文書きを手伝うなり、代筆するなりするのが真っ当な研究者の姿勢である。 しかるに、論文化の努力をせずに本を出版するのでは、医学界では認められないから素人をだまそうとしているのだと言われても仕方がない。

以上により、疾病に対する治療効果は全くデタラメと考えられる。 最大の問題は、証拠のない仮説に過ぎないのに、従来の治療を全否定し、疼痛治療さえ認めないことである。 それを真に受けて、治療機会を失い痛みに耐えながら死んでいく患者に誰が責任をとるのであろうか。

この患者さんは、痛みを死ぬ気で我慢していたのだろう。 でも、癌は治らなかったし、痛みも引かなかった。 まだ我慢が足りなかったのだろうか。 この患者さんについては、麻薬を使うまでもなく、通常の痛み止めの座薬で痛みはコントロールできた。 癌をも治せるはずの「治療者」がまったく手の施しようのなかった痛みが、座薬一つでとれたのだ。 ちなみに、この種類の痛み止めも安保徹氏は否定している。 安保徹氏は、この患者さんを苦しめた「治療者」と同罪である。 癌に対する除痛すら否定するならば、明確な根拠を示せ。 私の心性の下劣さをお見せするようで心苦しいが、正直に言おう。 「安保徹と上野紘郁は癌になればいいのに」と思った。 死ぬ気で痛みを我慢して治してもらいたい。
癌性疼痛の除痛すら否定する安保徹と上野紘郁-NATROMの日記(http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20091026)

がん患者に成り代わって怒りを表明することは心性が下劣とは言えないだろう。 どちらかと言えば、無責任な言動でがん患者を無用に苦しませる安保徹教授の心性が下劣だろう。

臨床伝聞の検証 

論文が第三者に検証されていないのはともかく、安保徹教授自身は伝聞を検証したうえで確信を得ているのか。その点が非常に疑わしい。

診断基準 

自律神経免疫療法を臨床に使っているのは東洋医学の専門家ばかりで、がんの専門医は見られない。 しかも、診断設備の整った大手病院ではなくクリニック等の規模で実施されている。 これでは、がんと診断された患者が本当にがんかどうか疑わしい。 嘘をついているとは限らなくても、がんの診断能力には疑問があり、診断結果を鵜呑みにすることは出来ない。 どのような診断基準によってがんと判定したのか検証する必要がある。 例えば、症例報告などにはCT画像等の検証可能な情報が添付されることが多いように、第三者が検証できる情報が必要である。

効果判定基準 

本の中には効果判定基準が明確に出てこない。治癒率か、奏効率か、生存期間の比較か、効果判定基準が明確でなければ、何とでもこじつけることが可能であり、効いた証拠とはならない。

治療効果 

本を読んでも、治療効果の度合いを示す具体的な数値が出てこない。 明確な効果判定基準に基づいているなら、定量的に示すことが出来るはず。 しかし、出てくるのは実感などいう曖昧な話ばかりである。 そもそも、臨床家ではない安保徹教授が、どうして人間に対する効果を実感出来るのか不思議である。

追試 

仮に、これらのデータが揃っていたとしても、臨床研究に携わっていない安保徹教授自身にはデータの真偽は判断できないはずである。 真偽を確認するには第三者に追試を行わせる必要があるはずである。 そうした手続きを踏んでいるのか疑問である。 なぜなら、そうした手続きを踏めるなら論文が発表されているはずだからである。

本の記述 

転移は治癒の兆候? 

この本の中で癌がリンパ球の攻撃から逃れようとするから転移が起こるのだとする理論は一番のトンデモである。 これが正しいとすれば、可能性は次の二通り。

  • 細胞が意志を持っている
  • 免疫との闘いの中で免疫耐性でがん細胞が陶太された

前者は荒唐無稽として、後者も実に複雑な機能の進化が必要である。

  • がん細胞が自発的に原発巣を離れる機能
  • 自身の危機を他のがん細胞に知らせる機能
  • 信号送信機能
  • 信号受信機能
  • 免疫機能を逃れる信号伝達物質合成機能

これらが生存競争に有利になるためには全ての機能が揃う必要がある。 一つでも欠けては免疫耐性機能は成り立たない。 全機能そろって初めて陶太が起きうるのであって、如何にがん細胞が多数あるからと言って、これらの変異が一つの細胞に集中して起こる確率は天文的偶然でもなければあり得ない。

それだけ複雑な進化を遂げながら、しかも、協調性のないといわれるがん細胞に協調性が芽生えながら、その他の生存に必要な能力を身につけないのも不自然である。 例えば、温熱療法に対する遺伝的耐性の方が楽に身につけられるはずなのに、そのような耐性を身につけた癌の報告は効いたこともない。

また、癌が免疫に弱いとする87頁等の記述と全く逆であり、その根拠としているマウスの実験が免疫に弱い根拠どころか、むしろ、強力な免疫耐性を身につける過程になるはず。 もし、このような機能を持っているならば、がんは免疫を逃れて転移先で増殖することに成功していることになる。 転移先を免疫が攻撃するようになっても、また、他の場所へ転移するだろうし、その過程でさらに強力な免疫耐性を身につけると考えられる。

このように、どうやっても転移は治癒の兆候と考えるのは無理がある。 理論的に無理があるだけでなく、それを示す具体的証拠にも欠ける。 このような妄言は、勘違いの域を明らかに超えている。

マウス実験 

87頁では次のことを根拠にがんが免疫に弱いと述べている。

  • マウスに発がんさせるには100万個のがん細胞を注入しなければならない
  • あらかじめ放射線で免疫力を弱めておけば千個でも発がんする
  • これはリンパ球ががん細胞を常時攻撃しているから

しかし、次のとおり、この実験が人間の患者に当てはまるとは一概には言えない。

  • 人間とマウスでは機能が似ていても同じとは限らない
  • 実験に使ったマウスがヌードマウスなら健康なマウスとも反応が違う
  • 自己細胞と移植細胞では免疫の反応に差があってもおかしくない
  • 免疫機能の全容が解明されたとは言い難い

がん細胞の発生頻度と免疫力 

人体で毎日数百万個のがん細胞が出来ているとする説も披露している。 さらに、免疫が弱るからこれらのがん細胞を退治できなくなると続けているのは荒唐無稽としか言いようがない。 それが確かなら、がん患者には夥しい数の併発が起きなければ辻褄が合わない。 しかし、有史以来、そのような症例は一例も報告がない。

さらに、毎日数百万個のがん細胞が出来ているならMRSAのような陶太が起きているはずであり、免疫を逃れたがん細胞は逃れられなかった細胞より強い免疫耐性を備えていると考えられる。 言い替えれば、強い免疫耐性を備えているから免疫を逃れたと考えるのが自然であり、免疫が弱ることを原因とする合理的理由は全くない。

BRM製剤に関する事実歪曲 

132頁では、一時期大ヒットしたBRM製剤が使われなくなったことを抗がん剤等の害悪の証拠としている。 この本では、BRM製剤を幻の抗がん剤と称し、効かなかったのは抗がん剤と併用したからと決めつけている。 しかし、これは、明らかに事実関係の歪曲である。

発売当時、クレスチンは数百~一千億規模の市場を形成したと言われ、他の抗がん剤の売り上げを圧倒しており、がん告知がタブーだった時代であったことも考えれば、クレスチンの単独使用事例がどれだけ多かったか想像に難くない。

クレスチン等のBRM製剤については、抗がん剤と併用して生存率が改善する論文がLANCET等に掲載されているが、単独での治療効果については科学的根拠に乏しい。 科学的根拠もなければ、現場の実感としても効いていない。 だから、抗がん剤との併用に使用が限定されたのである。

もし、劇的に効くなら現場の医師が黙っているはずがない。 有効な治療法を取り上げられて治療しろと言われて困るのは、現場の医師である。 また、製薬会社も黙ってはいないだろう。クレスチンの薬価(1g=602.5円、1日使用量が3~9gなので1月使用量は90~180g、1月薬価は5~16万円程度)は今日でも決して安くはない。 自社のドル箱製品が使用制限されて喜ぶ製薬会社はない。 効かない薬に圧力を掛けられるなら、効く薬に圧力を掛けないはずがない。

養子免疫療法 

養子免疫療法の治療成績が悪いのは抗がん剤等を併用したせいであり単独で行えば治療成績が良くなると書かれている。 しかし、そう言いきる根拠は全く示されていない。 一方で、某Sクリニックグループは小容量抗がん剤を併用した方が単独よりは治療成績が優れているとしてデータを発表している。

効かないときの言い訳 

効かなかったときの言い訳が多いが、その言い訳が本当なのか、それとも、治療効果に嘘があるから効かなかったのか、それを判断する材料は何も提示されていない。 これでは、全く効き目のない大嘘であっても、一般人には分からず、泣き寝入りするしかない。


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