「効くかもしれない」
推論の意味
世の中には100%確実なことは存在しません。 それと同じく、可能性が限りなく0%に近づくことはあっても、完全に0%となることはありません。 だから、全く何の根拠もないものについても「効くかもしれない」とは言えます。 しかし、根拠なき「効くかもしれない」は寝言と同じです。 「効くかもしれない」については、その確実性を検証する必要があります。 そして、どれだけの根拠に基づいて「効くかもしれない」と言ってるかによって、確実性は全く違ってきます。
二種類の確率
ある医薬品がある患者に効くかどうかを示す確率には、奏効率と成功確率があります。
- 奏効率
- 医薬品の効き目には個人差があります。そのため、効く人もいれば効かない人もいます。患者全体の中で効く人の割合を奏効率と呼びます。
- 成功確率
- その医薬品が本物である確率が成功確率です。効果が実証された医薬品の成功確率は、ほぼ100%と考えて差し支えないでしょう。
奏効率と成功確率は全く違う物ですが、インチキ“治療”法を推奨する人は、しばしば両者を混同します。 インチキ“治療”法を推奨する人は、「医薬品だって100%の人に効くわけじゃないから、この“治療”法だって100%効く証拠は必要ない」と言い訳に使用します。 しかし、この話の前者は奏効率、後者は成功確率の話であって、両者は全く違うものです。 そして、奏効率20%かつ成功確率ほぼ100%の医薬品と、根拠なき「効くかもしれない」は雲泥の差です。 奏効率が低くても成功確率が高ければ、その治療法には一定の有用性があると言えます。 しかし、成功確率がほとんど0であれば、その“治療”法は、成功確率が高い治療法の足下にも及びません。
成功確率
人体の仕組みがほとんど分かっていないため、原理(作用機序)説明では、確実性はほとんど左右されません。 人体の仕組みのうち、効き目を左右するごく一部の仕組みが分かっているだけなので、不確定要素が多すぎて、医薬品の成功確率が0.0x%程度向上する余地があるだけです (0.0x%程度でも製薬会社にとっては億単位の開発費の削減が可能です)。 動物実験や培養細胞実験についても、生体の特性の違いや、投与条件の違いなどにより、ほとんど確実性には寄与しません。 体験談、特許療法、権威療法に至っては、確実性を左右する余地は完全に0です。 言うまでもなく、免疫万能説、自然治癒力万能説、陰謀論といった捏造事実は問題外です。 また、米国OTAレポート、マクガバン・レポート、自然退縮・自然治癒のような、その“治療”法とは無関係な話が、あたかも、その治療法の確実性を左右するかのようなインチキな話も珍しくはないので、注意が必要です。 未検証療法の成功確率がどの程度あるのかは、医薬品の成功確率を参考にしてください。
医薬品の研究開発には、研究開始から承認取得まで15年~17年の年月を要し、候補化合物でみた成功確率はわずか11,300分の1(=0.009%)である。 候補化合物を見つけ、前臨床をスタートさせてから上市までの成功確率は0.13%、1品目上市のために費やす開発費は260~360億円、必要な期間は11年~12年と言われている。
医薬品産業ビジョンについて-厚生労働省(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/08/s0830-1.html)
将来新薬になると期待される候補は数多くありますが、研究・開発が進むにつれて、大半は有効性や安全性に問題が生じ、開発をあきらめなければなりません。 例えば、1999年から5年の間に、新薬になるかもしれないと考えられた46万を超える化合物について、その開発が始まりました。 しかし、結局、同じ期間で新薬として承認されたのはわずか36件だけ。 新薬として日の目をみるのは12,888件のうちの1件というわずかな確率なのです。 それでも製薬会社は、明日の医療へ貢献するため、夢の新薬開発に努力しつづけています。
※製薬協・研究開発委員会18社の集計
新薬成功の確率は、わずか12,888分の1!-日本製薬工業協会(http://www.jpma.or.jp/event/campaign/campaign2005/medistory05.html)
日本製薬工業協会の会員会社中17社の統計によると、1992年(平成4)~1996年(平成8)の5年間に、くすりの候補とされた合成(抽出)化合物は総計で32万832件にのぼります。 そのうち自社開発によって製造承認を取得したものは、わずか53件でしたから、成功率は約6000分の1ということになります。 アメリカの開発成功率が、5000分の1ですから、世界的にみても妥当な数値といえるでしょう。
くすりの開発の成功率はどのくらい?-日本製薬工業協会(http://www.jpma.or.jp/medicine/med_qa/development/q03_83.htm)
新薬の開発は年々厳しくなっており、直近の成功確率は1/21,677と20,000分の1を下回る確率となっている。
製薬協発行のDATABOOK2009(http://www.jpma.or.jp/media/release/news2009/091119.html)
しかも、くすりの候補として研究を始めた化合物が新薬として世に出る成功確率は2万5482分の1という難しさです。
製薬協DATABOOK2010(http://www.jpma.or.jp/about/issue/gratis/guide/guide10/10guide_04.html)
以上の通り、化学構造から一定の効果が予測できる物質だけを選んでも成功確率は数千~1万分の1くらいしかないということです。 実用的に意味がある程度に確実性を向上するためには、人間に対する効果の追跡調査以上の研究結果が必要です。 ほぼ確実と言える程度の確実性を得るには、ランダム化比較試験が必要です。 専門家の見解として健康情報を評価するフローチャート等を参考にしてください。
成功確率の過大評価
奏効率が100%であると仮定して、単純計算で、1万分の1の成功確率の物を100種類試して1つ以上に効果がある確率は1%です。 この1%のメリットを得るためにどれだけのデメリットがあるのでしょうか。 それは次のとおりです。
- 治療機会の喪失
- 副作用(使用する種類が増えれば副作用の危険性もそれだけ上がります)
- 金銭的負担(使用する種類が増えれば金銭的負担も莫大な物になります)
- 肉体的および精神的苦痛
メリットとデメリットを天秤に掛ければ何が得なのかが良く分かるでしょう。 それを正しく理解した上で、根拠なき「効くかもしれない」を試すのは個人の自由でしょう。 しかし、根拠なき「効くかもしれない」を過大評価することには注意が必要ですし、故意に過大評価へ誘導することは悪質な行為です。
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